助けが欲しいわけじゃないけれど
バンド内での最近の話題。それは矢野顕子。SOUYAからCDを貸して欲しいと頼まれた事から端を発している。なんでも彼はライヴに行くとかで、本格的に聴いてみたら、かなりハマったみたいです。それでぼくも久々に聴いてみたら、これが、かな〜り来るんです。鷲掴みにされてハルマキなんですよ。
アッコちゃんについて話してると、本当にきりが無いんだけど、ぼくは10代中頃からみっちり聴いてました。YMO繋がりから始まって、アッコちゃん単独に心を掴まれ、23歳位まで必ず持ち歩いてる音楽でした。勿論、色々聴いてた中でのひとつだったけど、かなり重要度の高い心の友でした。
“中島みゆきやユーミンだったら、おれの場合は、矢野顕子かな”なんて気取ってたけど、いつの間にか“うんうん、そーだよねー”と唸って聴くようになってる自分。若さだけのどうしようもない空虚に、まるで薬のように、アッコちゃんの歌を注入してました。特に浪人時代から、大学入りたての彷徨う自分に、何かをもたらしてくれた気がします。かなり助けられてたんだなぁ、なんて。
それが、ある時を境にぱったり聴かなくなったんです。'93年リリース「LOVE IS HERE」を聴いた時“もうアッコちゃんの助けは要らない”って思っちゃったんです。あれ程までに切実に響いた歌が、何故か素通りして行くんです。でもそれが時間の流れというものなのかな。
思うに、アッコちゃんの全盛期は、やっぱり坂本龍一やYMO全面バックアップの'80年代。'70年代デビュー当時も素晴らしく天才的。しかし、N.Yに移住した'90年代頃から、切実さが痛々しさに振れるように聴こえてくる。すごく洗練されて、一層深みを増してるんだけど、何故かこっちに入って来ない。これはぼくだけの感覚なのかもしれないけど、そう感じた瞬間、アッコちゃんの歌から離れちゃったんです。以来、ほぼ10年。
そして今、冒頭に記した切っ掛けで、また引っぱり出してます。でもやっぱり'70〜'80年代までがいいなぁ。YMO関係バック、特に坂本龍一の仕業の所為か、余計なくらいの音像にやられます。助けられてた頃の感覚がじんじん蘇ってきます。
でも今は、助けが欲しいわけじゃなく、アッコちゃんの歌を、素晴らしい楽曲として純粋に堪能してます。聴いてるうちにまたハマってくるのが不思議。
変わらないのは“わかるな〜、その気持ち”と心中呟いてしまう事。「ラーメン食べたい」を聴くと極端に哀しくなる事。「ごはんができたよ」というアルバムの存在に、音楽やってて良かったと痛感する事。アッコちゃんの歌を聴き始めた頃“こういう人と結婚したい”と一瞬でも思った過去の自分に、若気の至りだったと萎える事。
結局、また暫く、アッコちゃんに助けられちゃうのかな?
いやいや、これからは楽しませて貰いますよ。







昨日、東中野の友人宅に遊びに行ったとき、
なんと!
VIVA!といっても仕事の出張なんですが、先日、米沢に行ってきました。日本でそこにかない織機と、その技術のリサーチという目的で、3件の機屋を訪問。この出張はヒジョーに有意義でした。
ぼくらコングロは、よくお互いを褒めあう。
でも実際は、部屋で独り、無邪気に感嘆してしまうのです。
