« 2004年10月 | メイン | 2004年12月 »

2004年11月26日

助けが欲しいわけじゃないけれど

バンド内での最近の話題。それは矢野顕子。SOUYAからCDを貸して欲しいと頼まれた事から端を発している。なんでも彼はライヴに行くとかで、本格的に聴いてみたら、かなりハマったみたいです。それでぼくも久々に聴いてみたら、これが、かな〜り来るんです。鷲掴みにされてハルマキなんですよ。

アッコちゃんについて話してると、本当にきりが無いんだけど、ぼくは10代中頃からみっちり聴いてました。YMO繋がりから始まって、アッコちゃん単独に心を掴まれ、23歳位まで必ず持ち歩いてる音楽でした。勿論、色々聴いてた中でのひとつだったけど、かなり重要度の高い心の友でした。

“中島みゆきやユーミンだったら、おれの場合は、矢野顕子かな”なんて気取ってたけど、いつの間にか“うんうん、そーだよねー”と唸って聴くようになってる自分。若さだけのどうしようもない空虚に、まるで薬のように、アッコちゃんの歌を注入してました。特に浪人時代から、大学入りたての彷徨う自分に、何かをもたらしてくれた気がします。かなり助けられてたんだなぁ、なんて。

それが、ある時を境にぱったり聴かなくなったんです。'93年リリース「LOVE IS HERE」を聴いた時“もうアッコちゃんの助けは要らない”って思っちゃったんです。あれ程までに切実に響いた歌が、何故か素通りして行くんです。でもそれが時間の流れというものなのかな。

思うに、アッコちゃんの全盛期は、やっぱり坂本龍一やYMO全面バックアップの'80年代。'70年代デビュー当時も素晴らしく天才的。しかし、N.Yに移住した'90年代頃から、切実さが痛々しさに振れるように聴こえてくる。すごく洗練されて、一層深みを増してるんだけど、何故かこっちに入って来ない。これはぼくだけの感覚なのかもしれないけど、そう感じた瞬間、アッコちゃんの歌から離れちゃったんです。以来、ほぼ10年。

そして今、冒頭に記した切っ掛けで、また引っぱり出してます。でもやっぱり'70〜'80年代までがいいなぁ。YMO関係バック、特に坂本龍一の仕業の所為か、余計なくらいの音像にやられます。助けられてた頃の感覚がじんじん蘇ってきます。

でも今は、助けが欲しいわけじゃなく、アッコちゃんの歌を、素晴らしい楽曲として純粋に堪能してます。聴いてるうちにまたハマってくるのが不思議。

変わらないのは“わかるな〜、その気持ち”と心中呟いてしまう事。「ラーメン食べたい」を聴くと極端に哀しくなる事。「ごはんができたよ」というアルバムの存在に、音楽やってて良かったと痛感する事。アッコちゃんの歌を聴き始めた頃“こういう人と結婚したい”と一瞬でも思った過去の自分に、若気の至りだったと萎える事。

結局、また暫く、アッコちゃんに助けられちゃうのかな?
いやいや、これからは楽しませて貰いますよ。

2004年11月25日

東中野の空から青春が消えた

glasschapel.jpg昨日、東中野の友人宅に遊びに行ったとき、
僕の目はとてつもない違和感を感じていた。

 東中野の空が広い!
 あの日本閣のグラスチャペルがない!

実は、大学を出てすぐに勤めたデザイン事務所で、この結婚式場・日本閣のドーム型のガラス張りのチャペル「Glass Chapel」の企画デザインに参加させてもらったのです。

大学は彫刻の出で、建築の図面は建築科の友人の提出を手伝った程度の知識しかなかったのに、突然社長から「今度のプロジェクトの意匠デザインを起こしなさい」と言われてもう舞い上がるやら胃痛になるやらで、社会の厳しさと楽しさをいきなり実感したのでした。

それからスタッフと一緒に、昼飯の時も作業中もずーっとブレインストーム。冗談で言った「丸くてガラス張りのチャペルなんて面白くね?」という言葉から火がついて、みんなで紙ナフキンにボールペンで殴り書きしたスケッチが最終的に採用された。何気ないアイディアがどんどんカタチになっていく楽しさ。

まったくのシロウトだった僕が、社長につきっきりで教えてもらいながら徹夜で書いたイメージパースが、ある日突然目の前に本当に現れたときは、言葉にならないくらいの興奮と感動に包まれました。これが仕事というものなのか!と、南プロヴァンス風のしっくい仕上げされたチャペルの外壁を撫でながら、ちょっと涙した。まさに青春の日々でした。

---

それから幾年月、僕もそのデザイン事務所を離れ、Webという「手には触れられないデザイン」を中心にやるようになってしまったけど、たまに総武線から見える、ライトアップされたドームを見るたびに、なんだか誇らしいような切ないような気持ちになってました。

ところが昨日、東中野に降り立つと、大げさに言えば僕の「青春のシンボル」だったグラスチャペルが、すでにあとかたもなく無くなっていた。日本閣がウェディング事業を縮小するかもしれないって話は、数年前に風の噂にきいていたけど、まさかこんなに早く事態が展開するとは思わなかった。

「僕はこの仕事をやったんだよ」と、年老いてからも誰かに伝えたかったけど、それもやはり邯鄲の夢でした。変わらないものなど無い!当たり前なんだけどね。本当に残念でした。

なんだか冗長でセンチメンタルな日記になってしまいました…
とりあえず、自分への追悼ってことで(^^;

2004年11月22日

四半世紀で声変わり〜♪

20041123.jpgなんと!『ドラえもん』の主要キャラ5人の声優が来春いっぱいで降板だそうです!
たかが『ドラえもん』なんて言ってわいけません。替わらない方が良い事があるとすれば、まさにこの事だと思うんですが?ぼく結構ショックです。

理由は、放送25周年で一区切りと、声優陣の高齢化らしい。でも、ここまでやったら最期までやってクダサイヨ〜、なんて言いたい。『ルパン三世』の山田康雄さんも最期まで頑張った。しかもルパンの場合は栗田貫一が後任出来た。でも、ドラえもんのあの声、大山のぶ代さん意外に誰がやるのでしょうか?

百歩譲って全員とは言わない。ドラえもんは勿論だけど、以外と重要なのはジャイアンだったりしません?あの声で放つ数々の名台詞…
“のび太〜いいもん持ってじゃんかよ〜!”
“お前のものはオレのもの、オレのものはオレのもの”
“オッレはジャイア〜ン、ガキ代将〜♪”
なんて哲学的!(嘘)
のび太、しずか、スネ夫よりも、ドラ以外はやっぱジャイアン。独断と偏見で。(^v^)

しかし、後任が決まり、暫くしたら、違和感無く慣れてしまうのでしょうか?丁度『サザエさん』のカツオ君の声のように。
なんか残念だけど、そんなこと気にしてるのぼくだけ?!

そんなわけで、上記タイトルはドラえもんの“あの声”で叫んでるのを想定して下さいませ♪

2004年11月20日

VIVA!米沢

20041121.jpgVIVA!といっても仕事の出張なんですが、先日、米沢に行ってきました。日本でそこにかない織機と、その技術のリサーチという目的で、3件の機屋を訪問。この出張はヒジョーに有意義でした。

だいたいの機屋は、呉服から始まり、スカーフ、ストール、服地、新素材開発が成されてます。訊いてみれば、世界のトップ・ブランドのスタッフも、米沢を訪れたりするらしい。現場にはシャネル、ランバン、クレージュ等の生地が転がっていて、どれもが相当のハイクオリティ。インポートものばかりが持てはやされる昨今ですが、我が日本の技術も実はすごいんです。捨てたもんじゃないです。なるほど、ギャルソンの川久保伶や山本耀司が、国産にこだわってるのがよく解りますね。勿論、此処にも訪れて来るんでしょうね。

そこでぼくらは「へぇ〜シャネルですか〜!スタッフが来るんですか〜?」と感嘆。機屋の社長兼職人さんは「ああ、来るよ、難しい注文するね〜。でもラガーフェルドは来ねぇけどな。」なんて笑ってます。そりゃカール・ラガーフェルドがあの姿で米沢に現れたら、もうそれだけで笑えますよ。(笑)

その各機屋の職人、同行してくれたメーカーさんからは、かなり頑固と訊いていた。なので無礼の無いよう、ちょい構えてしまいましたが、話し始めてみると思ったよりも気さくな方ばかり。厚かましくならない程度にせがんでみるのです。これ見ていいですか?あれ触ってもいいですか?ちょっとだけ写真撮っていいですか?と、興味深々に接すると、すんなり心を開いてくれる。乗ってくればこっちのもの。でも流石に、新開発したばかりの素材については、サワリだけで済まされちゃうんですけどね。アタリマエだけど。(^.^ゞ

職人さんはいずれも味のあるお人柄。一見、フトゥーのオジサンなんだけど、皆、目が円らで輝いてます。図画工作に夢中になってる子供の様。ものづくりが本当に好きなんですねぇ。絵心、歌心ってあるけど、そういう心意気をヒシヒシと感じます。話してるだけで不思議とワクワクしてきます。つくる喜びって素敵です。

しかし、これがデリバリーやコストの話しになると、一変して、バトルになるらしい。やっぱり商売ともなると、頑でなければやっていけない。それだけのものをつくってるという証でもあるのです。でも、そこががまた人間らしいでわないですか。(苦笑)

工場には、職人さんのお弁当がストーブで温められていたり、癒し系マスコットが置いてあったりして、何やらカワイイ風景も。そんな中で、自分がデザインした商品の生地が、まさに目の前で織られてるんです。これ、結構感激します。自分が手掛けたものは、つい、気になっちゃうんですよね〜。

そんなこんなで機屋を廻ってると、あっという間に日が暮れます。日帰りでなければ、郷土料理を味わいながら温泉、なんてコースもあったんですけどね。機屋はどこも、単なる民家がベースになってるので、田舎のおばあちゃん家か、民宿に来たんじゃないかと錯覚しちゃう(んなわけないか?・笑)。

いずれにしても、ものづくりの心意気を堪能しながら心洗われる、といった小旅行でした。そして、何事も現場から始めるのが本当の創造ですね。いいもの見せて貰いました。匠万歳!(^o^)/


蛇足ですが、行きの新幹線で女優の渡辺えり子(山形出身)さんと遭遇。なんでも、当日の「笑っていいとも!」のテレフォンショッキングで、翌日のゲストにお声がかかったらしいです。ON AIRの会話では「今山形に居るのよ」なんて言ってたらしいです。なんか面白い状況ですね。(笑)
一見、何処にでも居るおばさん。それが新幹線の中でうろうろしてるうちに、徐々にお化粧が濃くなってくるのが可笑しかったです。そしてTVでよく観るお姿に!今回は単なる里帰りだったんでしょうか?しかし流石女優、喋る声がよく通ってました。
土産話しとしては、こっちが面白かったかな?(笑)

土産といえば、米沢名産、ラフランス、さくらんぼ、米沢牛、買ってくる時間無かった〜!でもやっぱり米沢牛は高かった。だから牛角行って我慢しましょう。

2004年11月19日

褒めあう三十代

20041118pd.gifぼくらコングロは、よくお互いを褒めあう。
酒の席になり酔いがすすむと「キミのギターと出会えてぼかぁシヤワセだよっ!」とか臆面もなく平気で言ってしまえるのである。

引いてはいけない。これは大事なことだ。
奥ゆかしい日本文化にありがちな、身内を卑下する(ちゃんと意味合いはあるのだろうが)気質はイヤンである。良いものは堂々と人前で褒めたい。ダメなものは…こっそり話題にするくらいにしよう。

僕らは「褒められるとがんばるタイプ」である。違う言い方をすれば「豚もおだてりゃ木に登る」である。どんどんおだててほしい。そうすれば豚だってエベレスト登頂も夢ではないのだ。褒められると調子にのるコングロをうまく利用してください(笑)

---

話は変わって、こないだのソロライブの時の音源を公開します。
タイトルにもなった「今年のワルツ」は、ぽんと思いついて半日で出来てしまいました。超安産の良い子。ぜひ聴いてやってください。
●SOLO de SOUYA 音源ページ
http://www.conglo3.com/souya/

2004年11月17日

〜DVD導入〜

 ウチにも、ようやっとDVDが導入された。しかし、記録メディアとして、未だにカセットテープを使っている、超アナログ人間な僕にとってはわからないことが多くて…。Gコードならまだわかるんだけど、プログレッシヴ出力って?リージョンって?

 購入したのは、日立製のDV-PF6という、DVDプレーヤーとVHSデッキが一体になっている、割と最近主流の、なお且つ比較的手頃な値段で買えるモデルである。

 さて、DVDで何を観てみようか?まず、購入したのは、「Visual YMO the best」。これはやはり観たかった。ちなみに、インターネットで調べてわかったのだが、これは実は限定盤だったとか。立川の新星堂で購入したのだが、偶然売れ残っていたようである。

で、内容だが、ナレーションは高橋幸宏がやっている。そして、今まで映像で観ることができなかった、YMOの最初期のライヴ、グリークシアターでのライヴの模様が収録されている(グリークシアターのライヴに関しては、「Behind The Mask」、「Cosmic Surfin」、「Rydeen」、「東風」が収録されている。また、その他、夜のヒットスタジオ、ミュージックフェア等のTV映像、ウインターライヴ、散開ライヴの映像等も一部収録)。

このグリークシアターでのライヴは、当時YMOのコンピューター・プログラマーだった松武秀樹氏曰く、「YMOの歴史の中で、3本の指に入る演奏」と語っている。また、僕はこのライヴに関しては、CDでしか聴いたことがなかった。印象的だったのは、メンバー3人の表情。全員、本当に生き生きした顔で演奏しているのである。その後のライヴではありえなかったことである。細野晴臣が言うに、「体で感じた音をそのまま表現していた」のが、アルバム「増殖」までだったらしい。バンドとしてのYMOが、一番肉感的な演奏をしていたのがこの頃だったのかもしれない。

 時を同じくして、実家から、僕が尊敬するドラマー、バーナード・パーディのDVDが送られてきた。先日和歌山で行われた、バーナード・パーディのライヴを僕の母が観に行ったらしいのだが、その時の土産とのことであった(本人のサイン入り)。そのDVDには、僕が4年前に東京青山で観たライヴの模様も収録されていた。まざまざと、あの時の記憶が蘇ってきた。ジェームズ・ブラウンの名曲、「Sex Machine」も演奏されてたりするのだが、やっぱりカッコイイんだよなあ〜。ファンキー!!!

 DVDのおかげで、僅かながらではあるが、映像でもって、かつてのものを振り返ってみることができたのだが、やっぱり、「イイモノはイイ」と思ってしまうのでる。

2004年11月16日

秋に片付けましょう

前回のギターねたから、まる一ヶ月空けてしまったこのエッセイ。毎日見てるのに、毎日が過ぎるだけ。10月から、ここんとこずっと忙殺れてました、という言い訳で済みません。思えば、10月はライヴ入れてなかった所為か、気分的に色んな事をサボっちゃった感じになっちゃったかな。別に誰にも煽られてないんですけどね。

そんなこんなですが、プライベートでは、最近部屋の片付けなんかにハマってました。といっても、積み重なったままの物を整理したり、不要と思わしき物をちょっとずつ捨てたりする程度。部屋の見た目は大して変わってないのね。そして、溜まったVTRの整理なんかしてると、何が録画されてるのか確認してるだけで、とっぷり日が暮れます。でも、この作業が楽しかったりするから困るんです。

例えば、学生時代に撮った自分達の姿が納まった映像。これらは10年位前の姿なんだけど、やはり無駄に若い!しかも恥ずかしい事に、VTRを撮るという行為に、やたら構えてはしゃいでるもんだから、皆、振る舞いがとっても不自然。そんなネタを映像作品にしたりしてたけど、今となっては、単なる思い出アルバム的な、ヒジョーに寒い代物になりつつあるのです。(~_~;)

勿論、バンドのリハやライヴのもある。今見るとものすごーく痛々しい演奏をしてるのにも関わらず、画面の中のぼくらは「なんかカッコ良いじゃん!」なんて調子にのっているでわありませんか!しまいには「おれらうまくねぇ?」なぞと言い放ってる。嗚呼、なんてこった!かなり笑えるけど、泣けてきます…(↑.↑)
こういうものは本人が還暦を迎えた頃か、逝っちゃう頃に振り返るくらいが、丁度良いんじゃないかと思われます。トホホでやんす。

そんな中で微笑ましいのは、80年代音楽のVTR。いずれも中学〜高校の頃に収集したもの。懐かしいと同時に、音楽そのものに盲目的に夢中だったピュア(?)な自分の感覚が蘇る。特に見入ってしまったのは、実家にビデオ・デッキが入った頃にTV録画した「NHK Y.M.O SPECIAL」。1983 12/31 16:00〜17:00 放映。散開ライヴの模様と、メンバーのプチ・ドキュメントを織り交ぜた内容。Y.M.Oといえば、ぼくが音楽というものに目覚め、聴きまくるようになった最大の切っ掛けなのです。

20041118_01.jpg

この「NHK Y.M.O SPECIAL」、当時の音楽シーンは勿論、時代背景、ファッション、カルチャー、業界の雰囲気、等々が凝縮されていて、今見ると、かる〜くショックのようなものを感じます。それらがリアルタイムだっただけに、時の流れの早さを実感するからでしょうか?

20041118_04.jpgでも実際は、部屋で独り、無邪気に感嘆してしまうのです。
細野晴臣がスタインバーガーを弾きながら歌う姿“シ、シブィ〜!”
高橋幸宏と対談する菊池武夫に“あやしぃ〜!”
オールナイトニッポンの生放送シーンで“三宅裕司やってること変わんね〜!、影山民夫まだ生きてる〜!、加藤和彦まだフサフサしてる〜!、ピーター・バラカン若ぇ〜!”
坂本龍一と対談するDAVID BOWIE“カ、カ、カッチョエェェェ〜!、戦メリ見てぇぇぇ〜!”
小芝居してる樋口可奈子“イ、イ、イヤラスィ〜〜〜!!”

これ実録です。秋も深まりつつある休日、時々こんな事してます。
これって自分捜しなんでしょうか?
いずれにせよ、整理整頓はするもんですね。次は何が見付かるかな〜?(^_^ゞ

2004年11月15日

沖縄から、福岡から

このところ、遠方のミュージシャンとの交流が深い僕である。

先日11/1のソロライブでは、ひょんなことで知り合うことが出来た、沖縄在住の素晴らしい歌うたい「GEN」氏とご一緒できた。僕からすれば、ずっと憧れだったミュージシャンと一緒のステージに立てるってだけで狂喜乱舞。すっかり舞い上がって、打ち上げでは写真を一枚も撮れず大後悔…でもココロのアルバムにはしっかり永久保存版で刻み付けさせていただきました。本当にありがとうございました。

そして来月12/1、奇しくもちょうど1ヶ月後になる日ですが、この日のライブにも福岡からやってくるミュージシャンが参加してくれます。ウクレレ、アコーディオンを使いながらバッキングはミニ・テクノという、一風変わった編成の一人ユニットの「とんちピクルス」さん。彼とは音楽マニアの某女史の紹介で知り合ったんですが、彼の音楽もまた素晴らしい!

音源をあらかじめもらっていたんだけど、聴けば聴くほどに惚れてきました。技巧的にどうとかじゃなく、元来「唄」のもつ「なぐさめ」や「はげまし」などのココロを突き上げるようなパワーをもっていて、やさしい歌声にすっかりほだされてます。ぜひぜひ聴きに来てくださいな!

あたらめて、振り返ってみるとこうして色んな場所に住んでいる、同じ「音楽人」と交流がもてる環境は、ネットの発達で明らかに広がっていると実感。メールなどで細かく打ち合わせもできるし、その気になれば音源を送りあってそれをもとにアレンジし合ったりもできる。

こういう進歩で、人と人との距離が縮まるのはいいね。そんな実感のこの頃。

2004年11月14日

ラジオな夜(Qちゃんと共に)

今日はPAGODAのラジオ「LIVE ON」の収録だった。

この番組はかつしかFMで絶賛放送中の、土曜日の13:30から30分の音楽バラエティ番組。週代わりでPAGODAに縁のあるバンドマンたちがあーだこーだしゃべってる奇特な番組なのです。コングロはレギュラーではなくて、たまに穴が開いちゃったりしたときの埋め草で、過去3回ほど登場させてもらいました。

最初のころは、ラジオで喋るなんて想像もつかなくて、キューがかかるともうドキドキしちゃって舞い上がってしまうし、ストップウォッチとにらめっこしながら、半分混乱、半分上の空でぎこちな〜い感じでお送りしていましたが、3回目となるとちょっとだけ慣れてきて、曲を選んだりしゃべりの構成を考えてるのがだんだん楽しくなってきた。

今回はゲストにBAN★T'SのQ嬢様をお呼びしてのハイテンションなあっという間の30分でした。いや〜彼女のしゃべくりはすごい!よく通る声で店長からも絶賛されていた(笑)
しかし、今回はしゃべりすぎで予定よりカナーリ押してしまい、最後のほうがちゃんと放送されるか甚だ不安であーる。
また機会があればやりたいですなぁ。今度は僕らの精神的ルーツでもある、YMO大特集とかやりたいし!(^∀^

かつしかFMは東京の東側では聴けるようです。渋谷あたりでも屋外ならなんとかいけるとか?
ぜひ聴いてみてくださいね〜

かつしかFM[Live On!]78.9MHz
11月20日(土曜日)13:30-14:00 ON THE AIR!

20041114.jpg

2004年11月01日

もっと色々書こうと思う

ここのエッセイコーナーですが、今まで何かのイベントに絡めて書いてましたが、まあとっちらかっちゃわない程度に、色んな日々のことも書いていこうかなと思います。止まっちゃうと寂しいしね。

ちょっと思い出しながらだけど、先日やったソロのこと。
アーカイブにも書くけど、ほんとに良い経験だった。
大学生の時にコングロをつくるまで、僕はちゃんとしたバンド活動をしていなかった。学内でつくる色んなバンドには参加したけど、きちんとオリジナル曲を作り上げていくような作業をしたのはコングロが初めて。
●コングロ・アーカイブでもレポートしてます(写真など)
http://conglo3.com/archive/2004/20041101/index.html

そのときに相棒となったのが、コングロの創設者(?)でもあるGuitar ODAKA。
当時は僕はぺーぺーだったので(チューニングもロクにあわせられないような!)ODAKAには色々と教えてもらいながらやっていた。

なんだか身内を褒めるようでなんだけど、ODAKAの創作ペースの速さは並じゃない。一時期は毎週のように新曲のネタが出てきた。僕はそれを噛み砕き、曲に仕上げていく上で様々なアイディアをまとわせながら肉付けしていくという感じだった。いうなれば、ぼくはこの10年、彼との共同作業の中で創造をしていたのであーる。

これはいわばグループワークで、ここが上手くいってるときのパワーはすごいと思う。一人では出来ないことがガンガンできちゃう快感、ピタリと息が合った瞬間の説得力は、自分で唄い演奏しながらも感じられるものすごい魅力。

僕はあえて、ここから一歩客観的になろうと思った。そして100%自分だけの世界ってのも知りたくなった。だから今回のソロでは、メンバーには一切音を明かさずに本番をやらせてもらいました。

だから、今回のソロライブを一番聞いて欲しかったのは、コングロのメンバーだったんだな〜。自分でも知らない自分の世界を、見てもらえたのは嬉しいことだった。

これからもソロは忘れた頃にポっとやったりします。
コングロとの違いも含めて、アレコレと楽しんでいただければ幸いなりよ!

20041101souya.jpg